2015年5月30〜31日
除染工場

 除染を進めるために、田んぼには砂が敷かれ、ゼネコンの工場に変わった。日中は、除染のための工事車輛が頻繁に走っている。(川俣町山木屋地区)
除染物

 田んぼに置かれたフレコンバック。数字や記号が書かれ、内容物がわかるようになっている。位置づけは仮置き場だが、中間貯蔵施設のメドは立たず、地元には仮置き場のままになる不安がある。以前は緑の田んぼだった場所。(川俣町山木屋地区)
浪江駅

 無人の町の無人の浪江駅。駅前には、国道114号線を走り、浪江町と山木屋地区と結んでいた小型バスが停められていた。バスが走っていた地区は、今では帰還困難区域に指定され、放射線量も高く、立ち入ることさえ困難だ。
浪江駅前

 駅前の街路灯は、地震で落下したままになっていた。商店も傾いたまま、2011年3月11日から時が止まったままだった。
浪江町役場

 約50人の職員が、南相馬市から通勤している。浪江町にはまだ、宿泊ができない。復旧事業課他、帰町準備室、ふるさと再生課、津波被災地対策課が開かれていた。
請戸地区

 約400世帯が津波被害を受け、多くの住民が亡くなった。放射線量は低いが、地盤は1mも沈んだため危険地域に指定され、家を再建することはできない。地震・津波・原発事故のトリプルパンチを受け地区だ。中央の白い建物は、仮設焼却場。
請戸小学校

 卒業式の飾り付けがそのまま残った体育館。地震と津波で、床が大きく陥没したままだった。
第1原発

 請戸小学校から見える東京電力福島第1原発。白い屋根は、1号機建屋。距離は、約4Kmだとか。双葉町との境界地区に当たる。
双葉町

 国道6号線沿い。双葉町商店街に掲げられた「原子力明るい未来のエネルギー」の看板。負の遺産として保存活動がなされたが、撤去し双葉町役場が保管すると言う。
大熊町

 双葉町と同じく、帰還困難区域。無人の家並みが続く。
第1原発

 6号国道沿いの第1原発入り口。
付近
 第1原発に近づくと、放射線量が急上昇した。線量計は7,887μSvを指している。通りすぎると、平常値に戻った。